不二家が槍玉に上げられ始めたのが今年の1月10日。あれから半年、今はミートホープと言う北海道の食肉加工販売会社の偽装(と言うよりも詐欺犯罪と思われる)がデタラメ社長の言動と共にマスコミの餌食となっている。
牛肉加工製品に色々な動物の肉を故意に配合したり、パン粉や水で増量したりしたと言うことを報道で知ったのであるが、食品関係の製造現場の実際や生産管理状況等を詳しく知らないものの、食品加工も同じ日本の製造業である事を考えると、業界全体の品質管理体制に素朴な疑問を感じている。
私が属する業界は主として工業製品であるが、自動車メーカーの品質管理、コスト管理に代表されるように、非常に厳しいものである。違う材料等を使用すると言うことが許されるはずがないし、たとえ使用したとしても直ぐに見付けられ、納入会社は即取引停止になる事は必至である。過剰品質が問題視される程に品質には非常に厳しいものがある。そうかと言ってコスト面を配慮してくれる訳ではなく、一年毎に値引きされる業界なのである。
そのような業界で働く者から見て、ミートホープのデタラメさは遺憾ではあるが、加ト吉を始めとする一部上場の食品企業の品質管理はどうなっているのか、甚だ疑問を感じるのである。受入検査も、定期的に現場に入って行う品質監査もしていないのではないかと思わざるを得ない。
水分含有率は勿論、肉種を判定する化学分析やDNA鑑定による蛋白質の化学同定などは当然実施されていなければならないのに一体何を以って合格と判断し、何を以って消費者の満足や安全を保証していたのだろうか。食品業界の品質管理担当者のコメントを聞きたいものである。
ミートホープの社長は悪に違い無い。しかし、彼に何十年と経営を続けさせ、発展を許して来た食品業界の有り方こそが問題視されるべきではないかと思う。私は性悪説側でも無いし、性善説側でもない。人間は縁さえ整えば、どんな悪い事でも為し得る危ない存在であり、今立派だと言われる企業も、何をしでかすか分からないと考える立場にある。そう言う観点からすると、業界全体が一体となって、ミートホープのような会社が生き残り発展するような業界にはしない努力が必要なのである。
食品業界の不祥事が続くことを思うとき、食品関係者は自動車メーカーを頂点とする工業製品製造業界の品質管理体制を至急勉強し導入すべきだと思うし、毎日口にする食品に関することだけに、私は一個人としても、それを切に希望する次第である。
牛肉加工製品に色々な動物の肉を故意に配合したり、パン粉や水で増量したりしたと言うことを報道で知ったのであるが、食品関係の製造現場の実際や生産管理状況等を詳しく知らないものの、食品加工も同じ日本の製造業である事を考えると、業界全体の品質管理体制に素朴な疑問を感じている。
私が属する業界は主として工業製品であるが、自動車メーカーの品質管理、コスト管理に代表されるように、非常に厳しいものである。違う材料等を使用すると言うことが許されるはずがないし、たとえ使用したとしても直ぐに見付けられ、納入会社は即取引停止になる事は必至である。過剰品質が問題視される程に品質には非常に厳しいものがある。そうかと言ってコスト面を配慮してくれる訳ではなく、一年毎に値引きされる業界なのである。
そのような業界で働く者から見て、ミートホープのデタラメさは遺憾ではあるが、加ト吉を始めとする一部上場の食品企業の品質管理はどうなっているのか、甚だ疑問を感じるのである。受入検査も、定期的に現場に入って行う品質監査もしていないのではないかと思わざるを得ない。
水分含有率は勿論、肉種を判定する化学分析やDNA鑑定による蛋白質の化学同定などは当然実施されていなければならないのに一体何を以って合格と判断し、何を以って消費者の満足や安全を保証していたのだろうか。食品業界の品質管理担当者のコメントを聞きたいものである。
ミートホープの社長は悪に違い無い。しかし、彼に何十年と経営を続けさせ、発展を許して来た食品業界の有り方こそが問題視されるべきではないかと思う。私は性悪説側でも無いし、性善説側でもない。人間は縁さえ整えば、どんな悪い事でも為し得る危ない存在であり、今立派だと言われる企業も、何をしでかすか分からないと考える立場にある。そう言う観点からすると、業界全体が一体となって、ミートホープのような会社が生き残り発展するような業界にはしない努力が必要なのである。
食品業界の不祥事が続くことを思うとき、食品関係者は自動車メーカーを頂点とする工業製品製造業界の品質管理体制を至急勉強し導入すべきだと思うし、毎日口にする食品に関することだけに、私は一個人としても、それを切に希望する次第である。
世間によく名の通った企業が最近相次いで業務停止命令を受けた。どちらもテレビコマーシャル常連組の新興企業である。新しく会社を起こし、伸(の)し上がるには、それなりに無理が必要なのだろうが、消費者を騙す不法行為或いは詐欺行為が許されるはずがない。しかし、こう言う新興企業からの政治献金を受けて、その業界を取り仕切る役人に善処を求めて口を拭っている政治家はそれ以上に許してはならないと思う。
政官財の中の政も財も、倫理観の欠片(かけら)も持ち合わせていないことに心が暗くなるが、官も、今政治問題化している年金の納付記録漏れは、もし民間企業ならば、間違いなく業務停止命令ものだろう。我々国民側にも、異動毎にタイミング良く届出をしたり納付をしていないと言う落ち度もあろうし、勤務先によっては、社会保険労務士に事務代行を頼めない零細企業もあるはずであるから、社会保険と国民健康保険の併存そのものにも問題があることは認めるとしても、納付したものの記録が無い、或いは納付記録の迷い子が数千万件も存在すると言うのは、未必の詐欺行為ではないかとさえ思う。
世の中で頻発する尊属殺害事件や無謀運転による交通事故死などと共に、政官財の不祥事・不始末は、日本人が戦後60年をかけて日本的情緒とも言える倫理観を手離し、拝金主義に徹した結果なのだと思う。だから、コムスンもNOVAをも責める資格は日本国民の誰にも無いと思う。コムスンやNOVAだけに限らず、テレビで流されるコマーシャルは、有名俳優を使って製品の信頼性を訴える、或いは美女の色気で購買意欲をそそる、誇大広告らしきセールストークを数えたら限がないと言ってもよい。
このようなマスコミを育て、政官財の体質を容認して来た国民の責任は大きい。さらに、最も問題だと感じるのは小学生の言葉遣いである。年上の人への丁寧語、尊敬語、謙譲語は全くと言ってよい程知らない。家庭でも、学校でも指導されないのだと思う。おそらく、親自体が幼い時からそう言う指導を受けて来なかったからに違いないが、その親の親は私達、団塊世代及びその前後の世代であり、私達の責任だと思い当たる。そして、その私達こそ高度成長期を企業戦士として拝金主義の神輿を担いだ張本人なのであるから、戦後の日本を憂える資格は無いと言うことになろう。
そこで、既に定年を迎えた者(私の同期は62歳か63歳で、定年を迎えた者が大半)も、これから迎えようとする者も、過去の罪を償う意味でも、私達が幼い時に教育された戦前の善き日本的情緒(長幼の序、惻隠の情など)を少しでも取り戻すように種を蒔く作業に取り掛かるべきだと思うのである。
企業の倫理観を断罪しようと思って書き始めたものの、責任は実はこの私にある事に思い至ってしまった次第である。
政官財の中の政も財も、倫理観の欠片(かけら)も持ち合わせていないことに心が暗くなるが、官も、今政治問題化している年金の納付記録漏れは、もし民間企業ならば、間違いなく業務停止命令ものだろう。我々国民側にも、異動毎にタイミング良く届出をしたり納付をしていないと言う落ち度もあろうし、勤務先によっては、社会保険労務士に事務代行を頼めない零細企業もあるはずであるから、社会保険と国民健康保険の併存そのものにも問題があることは認めるとしても、納付したものの記録が無い、或いは納付記録の迷い子が数千万件も存在すると言うのは、未必の詐欺行為ではないかとさえ思う。
世の中で頻発する尊属殺害事件や無謀運転による交通事故死などと共に、政官財の不祥事・不始末は、日本人が戦後60年をかけて日本的情緒とも言える倫理観を手離し、拝金主義に徹した結果なのだと思う。だから、コムスンもNOVAをも責める資格は日本国民の誰にも無いと思う。コムスンやNOVAだけに限らず、テレビで流されるコマーシャルは、有名俳優を使って製品の信頼性を訴える、或いは美女の色気で購買意欲をそそる、誇大広告らしきセールストークを数えたら限がないと言ってもよい。
このようなマスコミを育て、政官財の体質を容認して来た国民の責任は大きい。さらに、最も問題だと感じるのは小学生の言葉遣いである。年上の人への丁寧語、尊敬語、謙譲語は全くと言ってよい程知らない。家庭でも、学校でも指導されないのだと思う。おそらく、親自体が幼い時からそう言う指導を受けて来なかったからに違いないが、その親の親は私達、団塊世代及びその前後の世代であり、私達の責任だと思い当たる。そして、その私達こそ高度成長期を企業戦士として拝金主義の神輿を担いだ張本人なのであるから、戦後の日本を憂える資格は無いと言うことになろう。
そこで、既に定年を迎えた者(私の同期は62歳か63歳で、定年を迎えた者が大半)も、これから迎えようとする者も、過去の罪を償う意味でも、私達が幼い時に教育された戦前の善き日本的情緒(長幼の序、惻隠の情など)を少しでも取り戻すように種を蒔く作業に取り掛かるべきだと思うのである。
企業の倫理観を断罪しようと思って書き始めたものの、責任は実はこの私にある事に思い至ってしまった次第である。
松岡前農林水産大臣が亡くなられたのは1週間前である。ずっと報道番組で取上げられ、日曜日になると他の事件がトップニュースになり始めた所為かも知れない、松岡氏の自殺がなんだか随分前に起こった様な気がしないでもない。
ところで、昨日、井沢満と言う脚本家があるテレビ番組のコメンテーターとして出演し、「松岡氏の自殺は卑怯である」と断じていた。私のみならず多くの方も真相を明らかにすべきであると云う思いを抱くのは極自然のことなので、そう云う捉え方を全否定するものではない。
しかし、3月以降、テレビ中継される国会委員会で野党議員に入れ替わり立ち代わり責め立てられ、同じ答えを言うしかなかった松岡氏の魂の抜けたような顔を思い起こす時、彼は彼なりにいたたまれない精神的状況にあったことが想像出来、ましてや東京地検の捜査が本格化した緑資源機構の談合問題で、またしても野党から追及されている自分の姿を想像する時、自業自得とは言え、苦しさから逃げ出したい気持ちが固まったのではないかと私は想像している。
そして、日本の武士道には、責任を切腹で持って果たす、あるいは罪を償うと言う文化があったし、庶民の間にも、心中と言う形で男女の恋が完結されて来た歴史もある。これがDNA化していても不思議は無い。世間の良識から判断した正しい選択は、大臣という公人故に真相を明らかにすべきと言う事なのであろうが、待望の大臣を射止めた松岡氏だからこそ「大臣だから真相は喋れない」と言うことではなかったか・・・。
私は彼を正当化する積りは無い。他人の顔を云々する資格は私には無いと自覚はしているが、敢えて言うならば彼の風貌には、昔からではあるが正々堂々としたところが無いし、策略家・野心家と言う印象を強く与えるものだと思う。姑息でその場凌ぎの「なんとか還元水」と言う有名な言葉に、彼の人格が表れていると言ってよいのかも知れない。
しかし、人には死ぬより辛いことだってある。人間と言うものは、縁によって何でもする存在なのである。他人の自殺後に、追い討ちを掛けることだけは自分の為にも慎むべきであると私は思っている。
ところで、昨日、井沢満と言う脚本家があるテレビ番組のコメンテーターとして出演し、「松岡氏の自殺は卑怯である」と断じていた。私のみならず多くの方も真相を明らかにすべきであると云う思いを抱くのは極自然のことなので、そう云う捉え方を全否定するものではない。
しかし、3月以降、テレビ中継される国会委員会で野党議員に入れ替わり立ち代わり責め立てられ、同じ答えを言うしかなかった松岡氏の魂の抜けたような顔を思い起こす時、彼は彼なりにいたたまれない精神的状況にあったことが想像出来、ましてや東京地検の捜査が本格化した緑資源機構の談合問題で、またしても野党から追及されている自分の姿を想像する時、自業自得とは言え、苦しさから逃げ出したい気持ちが固まったのではないかと私は想像している。
そして、日本の武士道には、責任を切腹で持って果たす、あるいは罪を償うと言う文化があったし、庶民の間にも、心中と言う形で男女の恋が完結されて来た歴史もある。これがDNA化していても不思議は無い。世間の良識から判断した正しい選択は、大臣という公人故に真相を明らかにすべきと言う事なのであろうが、待望の大臣を射止めた松岡氏だからこそ「大臣だから真相は喋れない」と言うことではなかったか・・・。
私は彼を正当化する積りは無い。他人の顔を云々する資格は私には無いと自覚はしているが、敢えて言うならば彼の風貌には、昔からではあるが正々堂々としたところが無いし、策略家・野心家と言う印象を強く与えるものだと思う。姑息でその場凌ぎの「なんとか還元水」と言う有名な言葉に、彼の人格が表れていると言ってよいのかも知れない。
しかし、人には死ぬより辛いことだってある。人間と言うものは、縁によって何でもする存在なのである。他人の自殺後に、追い討ちを掛けることだけは自分の為にも慎むべきであると私は思っている。


