表題は今日(10月20日)の神戸新聞の『針路21』と云う論説欄の表題でもある。
論説者は、神戸新聞客員論説委員(サントリー文化財団上席研究フェロー)の佐藤友美子さんである。彼女は私よりも6歳若いので、私の妻と同年代である。
何故彼女の論説に興味を持ったかと云うと、「変化の無いところに、希望は無い」「希望の無いところに未来は無い」と云うメッセージが、仏教の考え方を現代風に言い換えたものだと思ったからである。
論説の末尾の締めくくりを引用する。
『希望とは何か。目先の利益や効率を超えたところに希望は存在する。東京大学の希望学では、「希望は、私たちを未来に向かって行動させる原動力である」と定義する。
意思決定が可能なポストにいる人はリスクを恐れず変革を促す決定を下す。私たち市民も、出来ない理由を探すのではなく自分が状況を変えていく、という覚悟を持って一歩を踏み出す。希望は青い鳥ではない。今、自分の足元にあることを自覚したいと思う。』
意思決定が可能なポストにいる人のリスクを恐れない変革を促す決定とは、オバマ大統領の核排絶宣言と、鳩山総理の炭酸ガス削減宣言を指すものであろう。
彼女が仏法に触れたことがあるかどうかは知らない。またそんなことはどうでも良いことである。しかし、上記の締めくくりにある、「他を頼らずに自分で状況を変えて行くという覚悟を持って」と言う件(くだり)は、自力的に受け取られかねないが、「自分に与えられた状況(逆境も順境も)を受け容れて、対処して行くのだ」と云う親鸞聖人の他力思想、つまりは仏法そのものなのである。否、仏法と言うよりも、これは宗派を超えた真理だと思う。
また、「希望は、自分の足元にある」と言うのは、「脚下照顧」と云う禅の教えそのものではないかとも思う。
今直面しこれからますます高まる地球の危機を回避するには、人類が直面している現状を素直に受け容れて、経済一辺倒の国家運営から、自然(他の動植物と共生して初めて循環機能する自然)を大切にする地球運営に大きく舵を切ることでしか達せられないと思う。
論説者は、神戸新聞客員論説委員(サントリー文化財団上席研究フェロー)の佐藤友美子さんである。彼女は私よりも6歳若いので、私の妻と同年代である。
何故彼女の論説に興味を持ったかと云うと、「変化の無いところに、希望は無い」「希望の無いところに未来は無い」と云うメッセージが、仏教の考え方を現代風に言い換えたものだと思ったからである。
論説の末尾の締めくくりを引用する。
『希望とは何か。目先の利益や効率を超えたところに希望は存在する。東京大学の希望学では、「希望は、私たちを未来に向かって行動させる原動力である」と定義する。
意思決定が可能なポストにいる人はリスクを恐れず変革を促す決定を下す。私たち市民も、出来ない理由を探すのではなく自分が状況を変えていく、という覚悟を持って一歩を踏み出す。希望は青い鳥ではない。今、自分の足元にあることを自覚したいと思う。』
意思決定が可能なポストにいる人のリスクを恐れない変革を促す決定とは、オバマ大統領の核排絶宣言と、鳩山総理の炭酸ガス削減宣言を指すものであろう。
彼女が仏法に触れたことがあるかどうかは知らない。またそんなことはどうでも良いことである。しかし、上記の締めくくりにある、「他を頼らずに自分で状況を変えて行くという覚悟を持って」と言う件(くだり)は、自力的に受け取られかねないが、「自分に与えられた状況(逆境も順境も)を受け容れて、対処して行くのだ」と云う親鸞聖人の他力思想、つまりは仏法そのものなのである。否、仏法と言うよりも、これは宗派を超えた真理だと思う。
また、「希望は、自分の足元にある」と言うのは、「脚下照顧」と云う禅の教えそのものではないかとも思う。
今直面しこれからますます高まる地球の危機を回避するには、人類が直面している現状を素直に受け容れて、経済一辺倒の国家運営から、自然(他の動植物と共生して初めて循環機能する自然)を大切にする地球運営に大きく舵を切ることでしか達せられないと思う。
今週の水曜日(16日)いよいよ政権交代が実現する。
前回の総選挙も今回の総選挙も、マスコミが先導(扇動した面も無くは無いが・・・)し、どちらも勝者の圧勝と云う結果であるかの様に見られている。私もそう思った時もあったが、考えてみれば、前回の民意は自民党に政権継続を託したのではなく、郵政民営化が改革の一丁目一番地と云う日本変革への意欲を熱っぽく語った小泉首相継続を認めた民意だったのではないかと思うし、今回の民意も、何も変えられないし変えられそうに無い自民党政権にNOを突きつけ、駄目もとで、実績は無いが民主党政権で様子を見ようと云うことだったのではないかと思っている。
前回の総選挙で日本改革を熱っぽく語った小泉氏は日本変革を熱望した民意に応える事無いままにリーダーの座を降り、その後の3代にわたる首相も、経済・安全保障面で、何一つ改善・改良の兆しさえ起こせなかったし、国民の期待を無視するかのように小泉氏は今回の総選挙前に引退表明したのであるから、国民が自民党政権の継続を支持するはずは無かったわけである。
考えてみれば、バブル崩壊した18年前平成3年以降、日本の一般庶民の家計は壊滅的であり続けているし、外交面では、全てアメリカの言いなりで、湾岸戦争への1兆円の供出、イラクへの自衛隊派遣、インド洋やソマリア沖への自衛隊派遣が続いて来たのである。一方、北朝鮮の拉致問題に関して日本を守るべ同盟国のアメリカの側面援助は全く無く、日本への相談もないままに北朝鮮をテロ支援国家の指定から解除してしまい、拉致問題は未だに決着の見通しさえ立っていない状況にある。
国民から見た場合、自民党政権では、何一つ改善・改良され無かったし、これからもされないことがはっきりしたのであったから、民主党に出来るかどうかは分からないが、国民に他の選択肢は無く、民主党政権に淡い期待を抱いているのだと思う。
前回の小泉首相の郵政総選挙の結果も、今回の政権交代選挙結果も、民意は政権選択したのではなく、変化を求めた結果だけだと思う。
従って、鳩山政権が、マニュフェストに掲げた象徴的な項目である、高速道路の無料化、子供手当ての実施、高校の授業料無料化が来年度予算に反映されなかったり、自民党政権と同じようにアメリカの強権姿勢に屈してインド洋からの自衛隊撤退を翻した場合には、国民は来年早々にも鳩山政権に三行半を突き付けるか、或いは、その前に連立与党の崩壊、そして政界再編へと日本の政界は一気に混迷することになるであろうと思う。
民意は、マスコミの影響は受けつつも、マスコミの情報の真偽を見極めつつ(扇動はされないと思う)、自分の幸せを実現してくれるリーダーを冷静に見定めて選択して行くのだと思う。
前回の総選挙も今回の総選挙も、マスコミが先導(扇動した面も無くは無いが・・・)し、どちらも勝者の圧勝と云う結果であるかの様に見られている。私もそう思った時もあったが、考えてみれば、前回の民意は自民党に政権継続を託したのではなく、郵政民営化が改革の一丁目一番地と云う日本変革への意欲を熱っぽく語った小泉首相継続を認めた民意だったのではないかと思うし、今回の民意も、何も変えられないし変えられそうに無い自民党政権にNOを突きつけ、駄目もとで、実績は無いが民主党政権で様子を見ようと云うことだったのではないかと思っている。
前回の総選挙で日本改革を熱っぽく語った小泉氏は日本変革を熱望した民意に応える事無いままにリーダーの座を降り、その後の3代にわたる首相も、経済・安全保障面で、何一つ改善・改良の兆しさえ起こせなかったし、国民の期待を無視するかのように小泉氏は今回の総選挙前に引退表明したのであるから、国民が自民党政権の継続を支持するはずは無かったわけである。
考えてみれば、バブル崩壊した18年前平成3年以降、日本の一般庶民の家計は壊滅的であり続けているし、外交面では、全てアメリカの言いなりで、湾岸戦争への1兆円の供出、イラクへの自衛隊派遣、インド洋やソマリア沖への自衛隊派遣が続いて来たのである。一方、北朝鮮の拉致問題に関して日本を守るべ同盟国のアメリカの側面援助は全く無く、日本への相談もないままに北朝鮮をテロ支援国家の指定から解除してしまい、拉致問題は未だに決着の見通しさえ立っていない状況にある。
国民から見た場合、自民党政権では、何一つ改善・改良され無かったし、これからもされないことがはっきりしたのであったから、民主党に出来るかどうかは分からないが、国民に他の選択肢は無く、民主党政権に淡い期待を抱いているのだと思う。
前回の小泉首相の郵政総選挙の結果も、今回の政権交代選挙結果も、民意は政権選択したのではなく、変化を求めた結果だけだと思う。
従って、鳩山政権が、マニュフェストに掲げた象徴的な項目である、高速道路の無料化、子供手当ての実施、高校の授業料無料化が来年度予算に反映されなかったり、自民党政権と同じようにアメリカの強権姿勢に屈してインド洋からの自衛隊撤退を翻した場合には、国民は来年早々にも鳩山政権に三行半を突き付けるか、或いは、その前に連立与党の崩壊、そして政界再編へと日本の政界は一気に混迷することになるであろうと思う。
民意は、マスコミの影響は受けつつも、マスコミの情報の真偽を見極めつつ(扇動はされないと思う)、自分の幸せを実現してくれるリーダーを冷静に見定めて選択して行くのだと思う。
16年振りの政権交代が実現したが、期待と、そしてその裏腹の不安も同じ位に大きい。その不安の源は、16年前の政権交代の失敗を再現させかねない共通の不安要因があるからではないかと思う。
前回は、8党とかの寄り合い所帯の政権に交代した所為で崩壊は余りにも早過ぎたと言われているが、今回も実は寄り合い所帯の民主党である。そして、更なる共通項はお殿様的由緒有る血統の総理大臣であることと、一番の権力者が政権交代の誕生の立役者が同じ小沢一郎であると云うことである。
一方、国民が新しい政権に抱いている期待は、ここ数年一般庶民が払拭出来ないでいる不景気感が、大企業へのバラマキ政策から、個々の消費者或いは弱者へのバラマキ政策への転換で、真の景気回復をもたらし、格差是正をもたらしてくれるのではないかと云うものだと思う。
新しいチャレンジには必ず不安と期待が共存するものである。二大政党制を目した小選挙区比例代表制である。これから、いよいよ、しかもやっとその二大政党制が根を下ろしかけたところである。これで自民党が消えては意味が無い。これで民主党政権が延々と続くのも如何かと思う。むしろ、自民党はこれから反省すべきは反省して、次回の総選挙では政権交代を果たさねばならないのである。
日本の国民性は、一つの流れに流され易いところがある。それがあの第二次大戦であったと思う。
ブレーキが効かない国民性を持っていることを認識しなければならない。前回の郵政民営化を争点とした総選挙も、今回の政権交代を賭けた総選挙も、どちらも地すべり的一方的勝敗に終わっていることを、国民は反省しなければならない。もう少し思慮深くなって、バランス感覚を養い、各政党のマニュフェストのメリットとデメリット、実現性と非実現性を見破る知識と知恵を磨く必要があるのではなかろうかと思う次第である。
それを一人一人の国民が自覚し、成熟した国民に成長して行くようになるのが、今回の政権交代選挙の意味なのだと思うし、与野党にしても、互いの立場を分かり合えるようになって、国会の目的は決して党利党略ではなくして、国民の幸せと日本国の発展的存続にあることを再確認することにあるのだと思う。
このコラムを書いている途中に、大阪15区で初出馬して当選した甥からの電話があった。選挙戦が始まった時に応援メッセージをメールしていたことに対する感謝と当選報告であった。おそらくは忙しい中を割いての電話であろう。
未だ38歳の彼には、長く政界で生きて貰って、いずれは日本の将来を担って貰いたいので、今は直ぐに役に立つよりも、次回の総選挙で生き残れる地道な努力を今日から始めて欲しいと思っている。
前回は、8党とかの寄り合い所帯の政権に交代した所為で崩壊は余りにも早過ぎたと言われているが、今回も実は寄り合い所帯の民主党である。そして、更なる共通項はお殿様的由緒有る血統の総理大臣であることと、一番の権力者が政権交代の誕生の立役者が同じ小沢一郎であると云うことである。
一方、国民が新しい政権に抱いている期待は、ここ数年一般庶民が払拭出来ないでいる不景気感が、大企業へのバラマキ政策から、個々の消費者或いは弱者へのバラマキ政策への転換で、真の景気回復をもたらし、格差是正をもたらしてくれるのではないかと云うものだと思う。
新しいチャレンジには必ず不安と期待が共存するものである。二大政党制を目した小選挙区比例代表制である。これから、いよいよ、しかもやっとその二大政党制が根を下ろしかけたところである。これで自民党が消えては意味が無い。これで民主党政権が延々と続くのも如何かと思う。むしろ、自民党はこれから反省すべきは反省して、次回の総選挙では政権交代を果たさねばならないのである。
日本の国民性は、一つの流れに流され易いところがある。それがあの第二次大戦であったと思う。
ブレーキが効かない国民性を持っていることを認識しなければならない。前回の郵政民営化を争点とした総選挙も、今回の政権交代を賭けた総選挙も、どちらも地すべり的一方的勝敗に終わっていることを、国民は反省しなければならない。もう少し思慮深くなって、バランス感覚を養い、各政党のマニュフェストのメリットとデメリット、実現性と非実現性を見破る知識と知恵を磨く必要があるのではなかろうかと思う次第である。
それを一人一人の国民が自覚し、成熟した国民に成長して行くようになるのが、今回の政権交代選挙の意味なのだと思うし、与野党にしても、互いの立場を分かり合えるようになって、国会の目的は決して党利党略ではなくして、国民の幸せと日本国の発展的存続にあることを再確認することにあるのだと思う。
このコラムを書いている途中に、大阪15区で初出馬して当選した甥からの電話があった。選挙戦が始まった時に応援メッセージをメールしていたことに対する感謝と当選報告であった。おそらくは忙しい中を割いての電話であろう。
未だ38歳の彼には、長く政界で生きて貰って、いずれは日本の将来を担って貰いたいので、今は直ぐに役に立つよりも、次回の総選挙で生き残れる地道な努力を今日から始めて欲しいと思っている。
政権交代が交代する可能性が高い総選挙の幕が切って落とされた。
今の勢いから考察すると民主党が自民党に代わって参議院と同様に衆議院でも第一党の座を勝ち取る可能性が高い。
私の甥が大阪で民主党の公認候補として出馬するので、親族としては勝ち抜いて欲しいと思っているが、相手は委員会の委員長も務める大物候補者であり、少々心配しているところでもある。
ただ、私だけではないだろうが、政権交代しても本当に霞ヶ関の官僚達を使いこなし、国民の立場に立った行政が実現するのかに付いてはいささか心配である。
今から16年前に自民党を割って出た小沢氏の働きで一度は政権交代が行われたが(細川政権)、
結局は当時の財務省官僚の反逆等もあって小沢氏が構想した消費税を廃止して福祉目的税(8%?)が頓挫して、連立に加わっていた社会党とさきがけの連立からの離脱で短命に終わったと記憶しており、今回も同じような結末を迎えるのではないかと私は案じている。案じていると言うよりも、民主党が中心の政権与党が誕生しても、日本が劇的に変わることは無いと思っているのである。
日本国民の安心と安全を守る政権でなければならないが、今の自民党も民主党も、その気概を持っていないと思う。
私は、日本国民の安心と安全を守る政権ならば、例えば北朝鮮に拉致された人数が少なくても、その少数の人の為にでも、政府には万難を排してでも国民全体が一致結束して命を賭してでも奪い返したいと思わせる位のリーダーシップが欲しいのである。
そして、格差が広がっている現在、一部国民の反対は出るだろうが、富の再配分を主導して、お金持ちからの税金徴収額を増やす一方、労働に従事出来る状況の貧困者には働かざる者食うべからず的な思い切った、国民がお互いに助け合う施策を打ち出すべきであると思う。そんなことを思う時、小泉首相がパフォーマンスと言われた北朝鮮から拉致被害者の一部とは言え帰国させた事は、今にして思えば、かなり勇気と決断を要したことでは無ったかと思う。私は小泉氏の市場原理に委ねるアメリカ追随の政策には賛成していないが、今、あのような勇気ある決断が出来る政治家は見当たらないのではないかと思う。
日本はこの9月から、どのような政権になろうとも迷走を続ける国家運営となるだろうが、その混迷の時期が次代のリーダーを生み出す陣痛の時期になるのだと思う。日本が国家として存続出来るかどうかは、国民一人ひとりが混迷の時期に、自己責任、真の自己愛に目覚められるかどうかにかかっているのではないかと思う。
今の勢いから考察すると民主党が自民党に代わって参議院と同様に衆議院でも第一党の座を勝ち取る可能性が高い。
私の甥が大阪で民主党の公認候補として出馬するので、親族としては勝ち抜いて欲しいと思っているが、相手は委員会の委員長も務める大物候補者であり、少々心配しているところでもある。
ただ、私だけではないだろうが、政権交代しても本当に霞ヶ関の官僚達を使いこなし、国民の立場に立った行政が実現するのかに付いてはいささか心配である。
今から16年前に自民党を割って出た小沢氏の働きで一度は政権交代が行われたが(細川政権)、
結局は当時の財務省官僚の反逆等もあって小沢氏が構想した消費税を廃止して福祉目的税(8%?)が頓挫して、連立に加わっていた社会党とさきがけの連立からの離脱で短命に終わったと記憶しており、今回も同じような結末を迎えるのではないかと私は案じている。案じていると言うよりも、民主党が中心の政権与党が誕生しても、日本が劇的に変わることは無いと思っているのである。
日本国民の安心と安全を守る政権でなければならないが、今の自民党も民主党も、その気概を持っていないと思う。
私は、日本国民の安心と安全を守る政権ならば、例えば北朝鮮に拉致された人数が少なくても、その少数の人の為にでも、政府には万難を排してでも国民全体が一致結束して命を賭してでも奪い返したいと思わせる位のリーダーシップが欲しいのである。
そして、格差が広がっている現在、一部国民の反対は出るだろうが、富の再配分を主導して、お金持ちからの税金徴収額を増やす一方、労働に従事出来る状況の貧困者には働かざる者食うべからず的な思い切った、国民がお互いに助け合う施策を打ち出すべきであると思う。そんなことを思う時、小泉首相がパフォーマンスと言われた北朝鮮から拉致被害者の一部とは言え帰国させた事は、今にして思えば、かなり勇気と決断を要したことでは無ったかと思う。私は小泉氏の市場原理に委ねるアメリカ追随の政策には賛成していないが、今、あのような勇気ある決断が出来る政治家は見当たらないのではないかと思う。
日本はこの9月から、どのような政権になろうとも迷走を続ける国家運営となるだろうが、その混迷の時期が次代のリーダーを生み出す陣痛の時期になるのだと思う。日本が国家として存続出来るかどうかは、国民一人ひとりが混迷の時期に、自己責任、真の自己愛に目覚められるかどうかにかかっているのではないかと思う。
芸人出身の東国原知事が自民党総裁候補を前提として国政に参加すると云うのがマスコミを賑わす問題となっている。問題と云う表現は失礼かも知れない。アメリカでは既に州知事が何人か大統領に転進しているし、こと芸人出身者ではどうかと云うことになると、アメリカではシュワルツネッカーカルフォニア知事も生まれているし、少し前にはなるが国家を代表する大統領にも元ハリウッド俳優のレーガン大統領が生まれており、決して歴代の大統領よりも劣ると云う評価は見当たらないと云うのも事実であるからだ。
私は東国原知事を「そのまんま東」と云うタケシ軍団のタレントとして、一時少女買春事件を起こして話題になったこと位でしか知らない。彼が大学で政治学を学んだことは知っているし、宮崎の名産を全国的なブランドに仕立て上げた力は認めるが、彼の行政面の能力は全く把握出来ていないので、彼が自民党の総裁に名乗り出たことの是非を論評は出来ない。ただ、今日のテレビ番組で、なかにし礼氏が彼を芸人として蔑み、「彼の様な芸人上がりの人間が日本の総理に名乗り出る現在の日本を情けないと思う」と云うコメントを披露していたことには、少し抵抗を感じた。少しと云うのは、若干なかにし礼氏の心情も理解は出来るからであるが、何も彼を名指しで批判する前に批判すべき政治家達が沢山居るではないかと思うからである。
国民の中で少し人気を得ただけで日本国家のトップに名乗りを上げられる、そんな国家になってしまったのかと云うなかにし礼氏の気持ちは分からないでもない。今の日本なら、キムタクや藤原紀香も自民党の要職に就けるかも知れない状況にあるだろう。マリナーズのイチローなら、即総理になれるかも知れない。
確かに国民の意識は低いと思う。そしてそれ自体が問題だと云うことも分かる。でも、今の政治家達、特に自民党の幹部達を見回した時に、東国原知事よりも明らかに人物的にも、国家観においても秀でていると云う人物が居るかと言えば居ない。それが悲しいではないかと思う。
東国原知事の問題は、もうかなり前からこの日本に顕れている日本凋落を再認識させる象徴的な問題なのであって東国原知事を問題視するのが可笑しいのであって、東国原知事の名乗りを一蹴した自民党幹部と議員自身達自身が既に日本をアホらしい国家に成り下げていることに気が付かない方が余程悲しいことではないかと思う。
私は東国原知事を「そのまんま東」と云うタケシ軍団のタレントとして、一時少女買春事件を起こして話題になったこと位でしか知らない。彼が大学で政治学を学んだことは知っているし、宮崎の名産を全国的なブランドに仕立て上げた力は認めるが、彼の行政面の能力は全く把握出来ていないので、彼が自民党の総裁に名乗り出たことの是非を論評は出来ない。ただ、今日のテレビ番組で、なかにし礼氏が彼を芸人として蔑み、「彼の様な芸人上がりの人間が日本の総理に名乗り出る現在の日本を情けないと思う」と云うコメントを披露していたことには、少し抵抗を感じた。少しと云うのは、若干なかにし礼氏の心情も理解は出来るからであるが、何も彼を名指しで批判する前に批判すべき政治家達が沢山居るではないかと思うからである。
国民の中で少し人気を得ただけで日本国家のトップに名乗りを上げられる、そんな国家になってしまったのかと云うなかにし礼氏の気持ちは分からないでもない。今の日本なら、キムタクや藤原紀香も自民党の要職に就けるかも知れない状況にあるだろう。マリナーズのイチローなら、即総理になれるかも知れない。
確かに国民の意識は低いと思う。そしてそれ自体が問題だと云うことも分かる。でも、今の政治家達、特に自民党の幹部達を見回した時に、東国原知事よりも明らかに人物的にも、国家観においても秀でていると云う人物が居るかと言えば居ない。それが悲しいではないかと思う。
東国原知事の問題は、もうかなり前からこの日本に顕れている日本凋落を再認識させる象徴的な問題なのであって東国原知事を問題視するのが可笑しいのであって、東国原知事の名乗りを一蹴した自民党幹部と議員自身達自身が既に日本をアホらしい国家に成り下げていることに気が付かない方が余程悲しいことではないかと思う。


